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大阪高等裁判所 平成3年(行コ)30号 判決 1992年6月25日

控訴人(原告) 坂本晶一

被控訴人(被告) 摂津市摂津市長

主文

一  原判決中、控訴人の被控訴人摂津市長に対する請求を棄却した部分を取消す。

控訴人の被控訴人摂津市長に対する訴えを却下する。

二  控訴人の被控訴人摂津市に対する請求を棄却した部分についての本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、控訴人と被控訴人摂津市長との関係では第一、二審とも控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人摂津市との関係では控訴費用を控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人摂津市長(以下「被控訴人市長」という。)が控訴人に対し平成元年三月二七日にした勤務不延長処分を取消す。

3  被控訴人摂津市(以下「被控訴人市」という。)は、控訴人に対し、一六二五万三七六六円及びこれに対する平成二年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  事案の概要

1  争いのない事実

争いのない事実は、原判決の事実及び理由第二、一(原判決二枚目裏一行目から同三枚目表八行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

2  主たる争点についての当事者の主張

主たる争点についての当事者の主張は、次のとおり付加、敷衍するほか、原判決の事実及び理由第二、二(原判決三枚目表一〇行目から同七枚目表五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(一)  控訴人の主張

(1) 本件要綱は適法であり、本件要綱に違反してなされた本件処分は違法である。

本件要綱は、地公法二八条の二第二項及び本件条例四条一項が地方公共団体に対して、定年者の勤務延長に関して、自主的判断に従った裁量権を付与したことに基づいて、被控訴人市長の裁量基準として定められたものであって、適法である。又、地公法及び本件条例が右裁量権を付与していないとみても、その弾力的運用までも否定する趣旨ではないと解されるから、本件要綱はその運用基準として定められたものとして適法である。したがって、被控訴人市長は、本件要綱に従って多くの勤務延長処分を繰り返し行ってきていたにもかかわらず、控訴人に対してのみ、本件要綱に反して勤務を延長しない処分を行ったものであって、本件処分は平等原則に違反し、違法というべきである。

本件要綱に従った多くの勤務延長処分が繰り返し行われても、同要綱が行政規則であり、国民に対して直接の効力を及ぼすものではない以上、同要綱に反して勤務を延長しない処分が平等原則に反しても違法とはならないという見解もあり得るが、このような見解に立ったとしても、被控訴人市長は、前市長派に属する控訴人を排除するという個人的感情ないし目的で本件要綱に反して勤務を延長しない処分を行ったものであるから、本件処分は国賠法上の違法の評価を受けるものというべきである。

(2) 本件要綱が違法であっても、本件要綱に違反してなされた本件処分は違法である。

被控訴人市のほか、高槻市、寝屋川市、箕面市等においても、本件要綱と同様に、定年者の勤務延長についての特別措置を講じてきている。そして、被控訴人市長は、昭和五九年九月三日、本件要綱に従った定年者の勤務延長の対象者として、控訴人を含む一七名を予定していたところ、その後、定年を迎えていないか、自己退職をした三名を除く一四名のうち控訴人を除く一三名について、一般職員と現業職員とを区別することなく、勤務延長をした。このように、被控訴人市長は、本件要綱に従って、定年者の勤務延長をしてきており、被控訴人らから本件要綱の違法性が主張された後においても、本件要綱を取消すことなく運用してきており、本件要綱が違法であったとしても、本件要綱に従った違法な結果の是正を行ったこともなければ、行う見込もないという状況のもとにおいて、控訴人に対してのみ、本件要綱に反して勤務延長をしない旨の本件処分を行ったものであり、本件処分はたとえ地公法二八条の二ないし四の正しい解釈に基づくものであったとしても違法というべきである。

控訴人は、定年の到来する以前から、被控訴人市によって勤務延長の対象者として予定され、又、被控訴人市からその旨の告知も受けていたものであり、定年が到来しても、当然に勤務延長になるものと信頼していた。ところが、被控訴人市長は、長年にわたって、本件要綱に従った定年者の勤務延長を行ってきていたにもかかわらず、控訴人に対してのみ、右信頼を裏切って本件要綱に反して勤務延長をしない旨の本件処分をしたものであり、本件処分は、本件要綱が違法なものであっても、保護されるべき信頼を裏切ったものとして違法というべきである。

(二)  被控訴人ら

本件要綱は、単なる内部の事務処理の指針、参考資料にすぎず法的拘束力はないが、仮にこれが法的拘束力をもち、かつ、その内容が一義的で請求があれば勤務延長をしなければならないというのであれば、地公法二八条の三第一項、本件条例四条一項に明白に違反するものであり、しかも、定年制度の趣旨に真向から反するものである。したがって、控訴人主張の他の地方公共団体において、本件要綱と同様に定年者の勤務延長に関する特別措置が行われていたからといって、法律に明白に、しかも強度に違反する本件要綱に従わなかった本件処分が違法になるものではない。

三  判断

1  勤務不延長処分取消請求

控訴人が昭和四五年四月一日、被控訴人市の職員として任用され、係長、課長、部長及び理事を歴任し、平成元年三月三一日、定年退職日を迎えたが、共済年金受給資格に一年を不足したことから、本件要綱に基づき、同月一三日、被控訴人市長に対し、一年間の勤務延長を申出たところ、被控訴人市長が同月二七日、控訴人に対し、勤務延長をしない旨(本件処分)を通知したことは、前記のとおりである。

ところで、地公法二八条の二第一項、第二項、本件条例二条、三条によれば、控訴人は、年齢六〇年の定年に達した日以後における最初の三月三一日、すなわち、平成元年三月三一日に退職となり、当然に被控訴人市の職員としての地位を失うものである。

また、本件条例四条一項、二項は、被控訴人市長(任命権者)は、定年者の退職により公務の運営に著しい支障が生じるときには三年を限度として、定年者の勤務延長ができると定めているが、本件要綱は、共済年金資格二〇年に達しない定年者は、本人の希望により三年を限度として二〇年に達するまでの間、勤務延長すると定める。控訴人は、本件要綱に基づき、勤務延長を申出たものであるが、本件要綱は、右条例の規定による勤務延長制度の運用に当たって考慮すべき事項を定めた被控訴人市の内部における事務処理の指針としての性格を有するものにすぎず、法的効力を持つものではないと解されるから、右要綱があるからといって、控訴人の申出により当然に定年後の勤務延長の効果が生じるものではないし、本来定年者の勤務延長をするか否かを決定することは、任命権者たる被控訴人市長の裁量に委ねられているのであって、定年者が右要綱に定める基準に該当するからといって、被控訴人市長が控訴人に定年後の勤務延長をさせる義務を負うわけでもないというべきである。

さらに、本件要綱が、定年者が共済年金資格二〇年に達しない場合には勤務延長させる義務を任命権者に負わせた趣旨の規定とすれば、地公法二八条の三第一項、本件条例四条一項に違反するもので、無効であるというべきであるが、その理由は、原判決の事実及び理由第三、一1、2(原判決七枚目表七行目から同八枚目表九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

そうだとすると、控訴人は、被控訴人市長の勤務延長をしない旨の通知と関わりなく、平成元年三月三一日をもって定年退職により、被控訴人市の職員としての地位を当然に失うことになるので、右通知は控訴人の法律上の地位に何らの変更をきたすものではないから、行訴法三条二項にいう取消訴訟の対象となる行政庁の処分ということはできない。したがって、控訴人の被控訴人市長に対する勤務不延長処分取消の訴えは、その余の点について判断するまでもなく不適法であり、却下を免がれない。

2  損害金請求

被控訴人市長は、本件要綱により、定年者が共済年金資格二〇年に達しない場合には本人の申出により勤務延長させる義務を負うものでないことは、前記1で判示したとおりである。

また、控訴人の信頼保護原則違反及び恣意的差別的処分の主張が採用できないことは、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由第三、一3、4、二(原判決八枚目表一〇行目から同八枚目裏九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決八枚目裏二行目の「あるから、」の次に「控訴人の主張するように、従前、本件要綱に従って定年者の勤務延長が公務外の事由によって認められた事実があり、是正される見込みもないとしても、」を付加する。

(二)  控訴人は、本件要綱が違法であるとしても、多くの地方公共団体が本件要綱と同様に、定年者の勤務延長について特別措置を講じ、被控訴人市も本件要綱に従って勤務延長を実施してきており、その是正をする見込もないのであるから、本件要綱に違反してなされた本件処分を違法であると主張する。

しかし、地公法二八条の三は、定年者の定年日後の勤務延長の要件を、公務の運営に著しい支障が生じる場合に限定して規定していること、同規定の新設に伴う自治事務次官通知も、勤務延長の具体例を前記のとおり極めて例外的場合に限定していること、本件条例四条一項、二項も、被控訴人市長が定年者の退職により公務の運営に著しい支障の生じるときには三年を限度として定年者の勤務延長をすることができると定めていることについては、先にみたとおりである。ところが、本件要綱は、定年者の定年日後の勤務延長を共済年金の受給資格取得という公務外の事由のために認めようとするものであって、地公法、本件条例に明白に違反するものであり、その違反が単なる法律解釈の誤解等に基づくといえる程度のものでないことは明らかである。したがって、控訴人の主張するように、被控訴人市において、従前、本件要綱に従った定年者の勤務延長が行われ、それが是正される見込もないからといって、本件要綱の違法性が失われるものではなく、被控訴人市長がこれに従った勤務延長を義務づけられるものでもないから、本件要綱によることなく、控訴人の勤務延長をしなかった被控訴人市長の行為は、その裁量に委ねられた行為として何ら違法とされるものではないというべきである。

3  結論

以上の理由により、控訴人の被控訴人市長に対する勤務不延長処分取消の訴えは不適法として却下し、控訴人の被控訴人市に対する損害金請求は理由がないものとして棄却すべきものである。したがって、原判決中、右取消請求を棄却した部分は失当としてこれを取消して右取消の訴えを却下し、右損害金請求を棄却した部分は相当であるから、同部分について本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫 福永政彦 古川行男)

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